季節料理 なかしま
広島県 広島市

   
 
 
   
この期待と落胆は何だろうか。
   
   
 
   
極端に言えば料理は旨いか不味いか、二択しか無い。
勿論何処のお店でも普通に美味しいし、満足している。
お腹が空けば近隣のお店に出掛けて、満たして帰ってくる。
これが旅行となると、土地ならではの特産や名物をチェックして、
いろいろ巡らして、どんなモノがどう登場するのか、
そしてどんな味なのだろう…、わくわく感の連続になる。
  
   
 
 
10名中10名近くが満足して店を後にするのはなぜだろう。
予約困難店、価格や店構え、高級感、☆の数、登場する窯元の器、
それとも経験した方の口コミがそうさせているだろうか。

ただこれら全て何の根拠も無く、参考に留める程度である。
僅か3名にしか座れないため、行列を為していた店があったし、
安くて旨い店はごまんとある。
まして口コミほどいい加減なモノは無い。

店に入る前に、食する前に、多くの“声”や“特別感”で満腹になって、
食味以外に価値を見い出しているのではないだろうか。
 
 
 
 
 
 
お造りは地元の方が遙かに旨かった。
それに手数や熟成の手間が感じられない普通の味である。
広島の地鶏として売り出し中と言うが、比内の方が脂肪が少なく、適度な歯ごたえがある。
この地鶏を出汁に取り入れた腕はスープそのものだった。
 
しかも客一人一人のペースに関係なく、次の支度をするので、
折角の料理が冷めてしまう。

怒濤の器自慢は何だろう。
有田焼や輪島塗と言っても、料理を添える脇役の一つである。
「この器は15代の柿右衛門窯で、こちらは〜」
女将はカウンターから、スタッフはフロアから…辟易としてきた。
皆が皆、主役以上に脇役を褒め称える意図が掴め難い。
 
 
 
 
   
器を愛でる夕餉であった。 
   
   
 

 
雰囲気     料金…

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