ほのぼの

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  山寺のお婆ちゃん

毎年暖かくなると、山形へ出掛けます。

初めて行ったのは30年以上前の8月頃、蔵王のお釜に行ったときでした。
蔵王スキー場の周辺は夏は散策路になり、近くまで車で入れます。
標高1000メートルを超える所にドッコ沼という沼があり、
そこが夏はいい避暑地になります。

でも避暑というより肌寒いくらいで、夏なのに秋風がたっているようなところです。
それでもあまり人が入ってこないためか、何処かひっそりとしていて、
それでいて沼特有の薄暗さがなくて、気に入っているところの一つです。
目の前には大きなホテルが一軒建っているのですが、何も無かったように、
静かに沼はたたずんでいます。
近くにあるベンチに腰掛けていると、数時間でもいられるような、
静かにのんびりできるいい場所です。


その年は翌日山寺に向かいましたが、
到着して車のドアを開けるとびっくりしました。
ボイラーの前に停車したのか熱風が入り込んできて、あまりの暑さに再びドアを閉めたほどでした。
周りを確認して再びドアを開けると、さっきと変わらず熱風が襲いかかってきます。
そうです。山形本来の暑さが正体だったのです。

昨日のドッコ沼は何だったのか、と疑いたくなるほどのものでした。
さすがに日本一の最高気温を記録した山形県であると、
妙に納得した1日でしたが、
この気温差には驚きを通り越して観光は二の次、ただただ車の中に逃げ込むだけでした。



さて9月にも必ず山寺に向かっていた頃があります。
よく通っている伊藤さん(伊藤農園を参照)とは別の所ですが、
既に結構前の話となりました。


松尾芭蕉で有名なところですが、行くのはその途中にある畑です。
たまたま車で走っていたところ、道の途中の畑でたわわに実ったアケビを見つけました。
ちょうど秋分の日が近づいているためか、畑で作っていたようです。
そこはアケビとブドウの畑でした。
車を停めて眺めていると、たまたまその畑で、
70歳ぐらいのお婆ちゃんが仕事を始めていました。
「これ、アケビですよね」
「んっだ。食べられるよ」
「えっ?」
「蒸して中に他のもんを入れると、おいしんじゃ。生でも食えるぞ。ほら」
真ん中がぱっかりわれて熟した実を何個かくれました。
「あげるから。持っていけ」
そういうわけにはいかないので、
1000円分だけでいいからブドウを分けてもらうことにしました。
すると手慣れたもので程度のいいものを、
あっちでプチン、こっちでプチン…。あっという間に10房を超えて、
まだ切ってます。
「あのう、これだけでもう十分ですから」
「ほっ、うんだなあ」
そう答えながら、
「まっず、これ食べろ」
と2房渡しながら、手が止まりません。
「今年のはあんまりよくねえから」
そんなことを呟きながら、ゆうに軽く20房を超える量のブドウを抱えてきました。
あまりの量に恐縮してしまい、千円札を2枚差し出すと、
「ほだかあ」
お婆ちゃんは目を細めながら、仕事を何十年もやって、
年輪となったしわくちゃの手を出し、また棚をちらほら歩いて、
何房も切り出してきました。
「いや、もう結構ですから」
聞こえているのかどうか、手は止まらず、結局袋からこぼれそうなほどのブドウと、
5個のアケビがお土産になりました。

それからほぼ毎年、あのお婆ちゃんは元気でやっているか、
そのため山寺の方へ向かっていた時があります。


最近、終止符となりました。